大それたタイトルで書き出してしまいましたが、
ブログ『◆ 米国 IT企業社長のブログ ◆』の大富豪のお金の使い道!
という記事と、
ブログ『Espresso Diary@信州松本』のウォーレン・バフェットの寄付。
という記事、そして、
の誘拐事件がきっかけでこの記事を書こうと思いました。
兄やんは、前々から日本という国は、国民にお金のことに背を向けるような風潮を作っておいて、お金に背を向けている人たちを尻目に、お金に汚いと言われる人たちが儲けている、と感じていました。
これに近いことは、多くの人が感じていることだと思います。
そしてその状況はだんだんと悪化していき、お金に汚い人たちがお金を用いて権力を握り、魔女狩り的に一部の人間を見せしめにつるし上げ、必要以上に悪者扱いすることで、国民の怒りの捌け口をそっちにもっていこうとしています。
その風潮のひとつに、今回の誘拐事件も入るんではないかな?と兄やんは思っています。
ライブドアや村上ファンドの場合は(本来一緒にするべきではないんですが、その方が分かってもらいやすいと思うので一緒にします)、多少なりとも彼らに落ち度があったため、批判されているのですが、明らかに他の同様の事例とは扱われ方が違いすぎ(過剰反応)ますよね。
このことについては、多くのブログで指摘されていることなので、今回は書きません。
それよりも兄やんが疑問に思うのは、
ブログ『◆ 米国 IT企業社長のブログ ◆』の大富豪のお金の使い道!の記事を見ても分かるように、ウォーレン・バフェット氏のニュースや、ビル・ゲイツ氏のニュースがあったのですが、これらのニュースは、日本では大したニュースとしては扱われていないこと。
また、『Espresso Diary@信州松本』のウォーレン・バフェットの寄付。でも書かれているように、バフェット氏が、
「税金を払って財務省に任せるより、夫妻の財団(ビルゲイツ夫妻の財団)はお金の効用を最大化してくれる」
と言っていることについても触れられていないことです。
日本の場合なんかは、もっと国の財務がひどいことになっているのに、お金持ちを持ち上げることになるのが嫌なのか、大した議題にもなっていないのが残念でなりません。
兄やんは、誘拐された親子がどういった活動をしていたのかは知らないのでなんとも言えないんですが、
「お金を持っていることをTVで見せ付けるからあーいうことになるんだ」
という感覚に違和感を覚えました。
確かに、日本の現状ではそういう気運が高まっているため、そういう結果を呼ぶことになるかもしれない、そういう懸念がある、という部分では同意できるんですが、果たしてそれ自体が正しいことなのか?と思うのです。
兄やんも学生時代、テストで100点を取ろうと勉強していたヤツが、
「95点しか取られへんかった」
という言葉に対して、反感を持っていたクチなんですが、今考えるとそれっておかしくないか?と思うんです。
確かに、兄やんたちは、その時そんなに良い点を取れなかったので、そういう言葉を聞くと、嫌味ったらしく聞こえたんですが、よく考えるとそれって妬みやひがみでしかないんですよね。
もっと言えば、95点とったソイツは、100点をとるために必死で努力をしてきたからそういう言葉が出ただけであって、兄やんたちは95点とったソイツの何%分の努力をしたのか?ということなんです。
95点とったソイツ以上の努力をしたんなら、そういった感情が多少出てきても納得はできます。しかし、当時の兄やんを含めて、多くの人たちは、少なくともその教科に関してソイツ以上の努力はしていないから低い点しか取れず、
「95点しか取られへんかった」
と言ったヤツより良い点を取れるハズがないのです。
日本では、この教科の代表例がお金という教科であります。
お金に関して言えば、努力していない人間が努力した人間を非難し、自分たちの努力不足を正当化しようとする人が圧倒的に多いのです。
スポーツの世界でもそういうことはあるんですが、そういうことが発覚してしまえば、それなりのペナルティが発生するのですが、お金の場合そういった規制が全くなく、野放し状態になっています。
世間一般では、
「一生懸命努力した人が報われないのはおかしい」
などと言われていますが、『お金に関して』一生懸命努力した結果、たくさんのお金を得られるようになっても、テストの点と同じように、『お金に関して』努力しないせいでお金に困っている人の目の仇にされてしまっています。
ということは、お金に関して努力した人は努力した相応分報われないでいる傾向にあるのです。もちろん、個人差や性格によって違ってくる部分ではありますが、日本ではいい印象を持たれない、というのが現状です。
お金を多く稼いでちょっと目立っただけでツブされるのであれば、一生懸命働こうと思わない人が増えるのは当然で、それが日本経済にも悪影響を及ぼしているのです。
日本が世界第2位の経済大国と言われてるのにも関わらず、世界の富豪トップ50に1人も名を連ねることができないのも、そういった日本的慣習があるせいに他ならないのです。
日本の中で、ビル・ゲイツやウォーレン・バフェットのような人物が出てこれないのには、こういう要因(他にも理由はある)が少なからず影響している、ということを多くの人が認識する必要があります。
日本では、彼らのように社会に還元したとしても、
「個人資産の80%を還元したと言っても、まだ○億円もありますからねー」
と言われてしまいます。
これは、完全にお金の稼ぎ方を知らない人の発想から出る言葉で、個人資産の80%を奉仕しても悪く言われてしまう状態なのです。
そもそも、個人資産100億円ある人間がその80%である80億円を還元するのと、個人資産と言えるものもない人が、給料の80%を還元することもありませんし、もしそうしたとしたら、個人資産のない人間の方が称えられるのが日本なのです。
確かに、心意気として素晴らしいんですが、実際問題数10万でできることと数10億でできることには、雲泥の差があるわけです。
それなのにも関わらず、同じ80%の資産を払ったとしても、
「言うてもまだ20億もある」
などと言われ、肯定的に見られないばかりか、お金を持っている人間として、今回の誘拐事件のように目をつけられる、それがまた肯定されてしまう世の中が日本なのです。
別に奉られたいがために寄付するのでもなく、善意で寄付しただけで冷ややかな目で見られ、身の危険が発生するとなれば、うかつに表立って寄付することもできませんし、堂々とお金を稼ぐことも許されないということになります。
それでは寄付できる立場にあっても、日本の中でそれをやろうとは思いませんよね?
また、『金持ち=悪』とすることで納得したり正当化する人たちは、それが結局は自分で自分の首を絞めることになり、役人や天下り官僚などの肥やしになっていることを認識する必要もあります。
国が義務教育の中や、一般的な学校教育の中で、お金に関する大事なことを全く教えてくれないことに不満を持つべきだし、教えてくれない以上、自分で勉強する必要があるのです。
そうしないと、自分で自分の身は守れなくなり、悪循環に陥ることになります。ことはこんなに単純ではないですが、
生活保護を受ける人が増える→税金が上がる→生活保護を受ける人が増える→税金があがる・・・
このままお金と真剣に向き合わないで、『金持ち=悪』とすることで、こういう構図ができてきても何ら不思議ではないのです。
お金と真剣に向き合ってお金を勉強する人が増えていけば、金持ちの中でも悪なのとそうでないものの見分けがつくようになり、日本経済、日本の財務体系や役人・天下り官僚などの環境も確実に好転していくのです。
そして、そうなれば自分たちの生活も今より経済面では、確実に豊かになるのです(人間的、感情的に豊かになるかどうかは、個人の問題なので、それは各々が努力するとして)。
お金のことを知っていれば、詐欺などでお金をぶんどられることも回避でき、支払う必要ない税金も払う必要がなくなり、収入も増えることにもつながります。
お金が全てではないにせよ、お金のことを知らないことで、どれだけのリスクを背負うことになるか?を考えれば、お金の勉強をすることは、そんなに面倒なことではないのではないのでしょうか?
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